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禁煙もホームページ活用も結果を出すには戦略が必要 その2-倉本聰とジェットストリームアタックと愛煙家のクライアントに捧ぐ

その1からの続きです。

 

それで、たばこを辞めるに当たって、私はそもそも人間の本質に目を向けることにしました。

 

それは、人は例えそれがどんな良くない事であろうと、何かを無くしてしまう事に対して無条件の心理的抵抗があり、意識するしないに関わらず現状快復力が働いてしまう、という事です。

 

これが実は(医学的なニコチン等の中毒症状とは別の)禁煙がうまく行かない本質的な原因ではないか、と考えたワケです。

 

これはその後の行動の方針、戦略を決める上で極めて重要な認識でした。

 

この原理原則に則ると、今まで喫煙していた事をやめる、というのは、それがどんなに健康上良い事であったとしても、元に回復しようとする力、つまり喫煙を再開する力が働いてしまいます。

 

これを回避する方法は一つです。それは、その欠けたピース、喫煙、というところに、何か別のモノを埋めれば良いわけです。そうすれば現状快復力は働かず、喫煙が戻ることはありません。

 

そこで私が考えたのは新たに走る、ランニングする、という事でした。ランニングによって、喫煙という欠けたピースを埋めれば、現状快復力は働かないのではないかと考えたのです。

 

実際、これはかなり効果があったように思います。何しろ走りますので、タバコを吸うとつらくて苦しいのです。そして走るうちに、段々タイムも良くなってきます。これはかなり吸う気が失せます。

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昔は空気がうまいとタバコもうまいなぁと言ったものです・・・。

 

そしてもう一つは、今まで生活のリズムをがらっと変える、ということでした。

 

それまでは私はかなり深夜まで起きており、長時間仕事をしていました。そして夜中まで起きているとコーヒーが欲しくなり、そうなるとタバコも吸います。つまり、夜中のコーヒーとタバコはセットになっているわけで、ながらで良く仕事を良くしていました。完全に倉本聰さんと同じ創作活動状態だったわけです。ただし、倉本さんと私の決定的な違いは、倉本さんが世の中の多くの人を感動させる国民的ドラマを創作しているのに対して、私はこの話結構おもしろいよね、と私しか思っていないブログを書いているだけという事です。

 

深夜・コーヒー・タバコ。この黄金の組み合わせによる結束力は極めて堅く、ガンダムで言うところのジェットストリームアタックです。そう簡単に崩せそうもありません。しかも私はガンダムではなく量産型ジムに過ぎませんので、益々勝てるわけがありません。

 

そこでここは孫子の教えに従うことにしました。

 

百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

 

つまり、本当に強い者とは、戦わずして勝つ、コスパの高い戦いが出来る者だ、という意味です。

 

ちなみにこの本に出ていたのですが、この本、結構良いです。今時のビジネス書として目次が無いというなかなか見たことの無い大胆な構成ですが、結構読みやすく私でもすいすい読めました。

 

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そこで孫子に入れ知恵をしてもらい、このジェットストリームアタックに勝つために私が考えた戦略が、これです。

 



早く寝る。

 



冗談みたいな話ですが本当です。今はもっと遅いですが、この当時夜10時には寝ていました。それ以上起きていると、絶対に習慣としてコーヒーが欲しくなり、結果タバコを吸ってしまうと確信していたからです。つまり正面からの戦いを避けたわけです。そして朝は出来るだけ早起きをするようにしました。

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これもかなり効果がありました。生活のリズムを根本的に変える事によって、原状回復力を錯乱させる効果があるわけです。

 

またこの当時は夜、なるべく呑み会にも出ないようにしました。夜・呑み会・お酒もかなり危険なジェットストリームアタックです。量産型ジムを酔っ払い運転していては益々勝てません。それでもつきあいで何回かは出なければならない状況があったわけですが、幸いな事に一番危険な時期をどうにか乗り超える事が出来ました。

 

こうして私はタバコをどうにか卒業をする事が出来ました。振り返ってみると、

 

1 冷徹なまでの現状認識を行い(自分は病人である)、

 

2 事態を軽く見ず徹底した対策を行い(病院に行く)、

 

3 現状快復力を正面から避けるために代替案で穴埋めをする(新たに走る、生活のリズムを変える)

 

という一連の戦略の立案と実行が、100メートル先のコンビニでも車を使ってしまうという、たぐい稀な意志の弱い私が一発で禁煙を成功させる事が出来た要因だったと思います。

 

ところで、世間がこれだけ禁煙禁煙という時代ですが、端から見ているとやや微妙な空気も感じもしないではありません。どうしてそこまでしてタバコを攻撃するのか、何はさておきタバコは親の敵絶対許すまじ喫煙者はすぐ市中引き回しの上打ち首獄門なり~!うりゃああああ!!どおっせぇええええええいい!!!という命がけの人をたまに見かけます。

 

タバコが体に良いと言い張るつもりもありませんが、嗜好品という観点に立てば、愛煙家の方もそうじゃない方も共存出来る社会、多様な価値観を認める社会の「懐の深さ」は大事で、それが結局の所「いろんな意味で」健康的な社会になるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。私がタバコを吸うことはもうありませんが、最近の風潮には何かちょっと気になるところを感じます。

  

と、いうことで、目的を達成するためには、現状を良く認識した上で、戦略を立て、実行に移すことが結果を出す鍵になります。ホームページを活用する時も同じです。まず何のためにホームページを作るのか、目的やターゲットをハッキリさせ、このストーリーなら無理なく実現出来るよね、という戦略を考える事が何よりも重要です。

 

ホームページで採用を強化したい、営業を強化したい、という嫌煙家のクライアントも、愛煙家のクライアントの方もお気軽に御相談下さい。

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禁煙もホームページ活用も結果を出すには戦略が必要 その1

もう正確に覚えていないのですが、私がタバコを辞めてから、最低でももうオリンピック2回分くらいは経ったと思います。私はお酒もタバコもきちんと二十歳から始めたクチで、もう一つは、えっと、まあ、その、いいえ、はい、そうですね。

 

一番最初に吸ったのは自販機で買ったフィリップモリス・ライトでした。白地に赤のストライプの入ったやつで、当時JTの独占が崩れ、アメリカの外圧で洋モク、つまり外国産タバコが初めて入りだしてきた頃でした。LUCKY STRIKEにLARK、いろいろな「カッコいい」タバコが入ってきました。まだタバコがファッションアイコンであり、思想の象徴でもあったころです。

それから20年近く、私は飽きもせず(もしかして実は飽きていたのかも知れませんが)タバコをせっせこと吸い続け、旧国鉄債務の返済のために、優良納税者として誰に頼まれることも無くそのささやかな私財を延々と国庫に投入しつづけたのです。そんなささいな生きがいが日常に彩りを加えていました。勿論BGMはミスチルの「彩り」でお願いします。

知らない方のために注釈すると、たばこには「たばこ特別税」というのが課せられています。1998年当時、国鉄は実に30兆円近い借金を抱えていました。これを閣議決定で、タバコへの課税を原資に今後60年間かけて返済する事になりました。410円のタバコの場合、約17円がこの「たばこ特別税」です。ちなみにタバコの価格の63%が税金です。

ということで、今の私は非喫煙者ですが、ネイティブの非喫煙者ではなく、卒業生です。人のタバコの臭いも我慢出来ますし、タバコ反対主義者でもありません。「うわ!副流煙をちょっと吸ってしまった!」と鬼のようにタバコを毛嫌いをする人の気持ちも分かりますし、「食後の一服はうまいよねー」という人の気持ちも分かります。たばこのネガティブな点も、添加物まみれのジャンクフードのネガティブも私の中ではフラットです。

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もはや会議室でタバコが吸えた、というのは、飛行機内でたばこが吸えたのと同様に都市伝説になるかも知れません。

それでどうしてタバコをやめたかと言うと、実は当時一日三箱くらいは吸っていたいわゆるヘビースモーカーでして、段々と集中力が落ちてきてないだろうか?もしかして仕事に差し支えが出てきているのではないか?と思うようになったからです。自覚症状があまり無いだけで、すごいロスになってないか?と思った訳ですね。

 結果的にタバコを辞めたあと、食べものがえらい美味しくなってしまい、10キロ近く体重が増えてしまいました。なのでダイエットのためにタバコ復活させた方がいいんじゃないか?これじゃどっちが健康なのかわからないぞ、とマジメに考えた時期もありますが、とりあえず卒業したままで今に至っています。

昨今、飲食店でのタバコを全面禁煙を目指す厚労省と自民党愛煙家族?のバトルが激しくなっており、このまま厚労省が押し切られてしまいそうな勢いです。

 

そこでちょうど時事ネタでもありますので、今日はこんなヘビースモーカーだった私がいかにしてタバコを辞められたのか、という事を皆さんにお伝えしたいと思います。

何しろ意志の弱さについては全国民選手権で間違い無くトップ千人には入る私です。この私が辞められるという事は、かなりこのメソッドには汎用性があるのではないかと勝手に思っています。

ちなみに本エントリーは、死ぬほどタバコが好き・又は大嫌いな人が読むと、双方とも時々カンに触る内容が書いているあるかも知れませんが、悪気はないのでいぢめないでください。当方禁煙してからまだ日も浅く、体力が十分回復しておりませんので、くれぐれもそこのところはよろしくお願いします。

 

<シビアすぎるくらいの現状認識がちょうど良い>
まず私がタバコをやめようと思ったときに、すぐ思ったのは、人一倍意志の弱い自分ですから、そう簡単には辞められるワケがないし、まともにいくと1万%間違い無く禁煙は失敗するな、という事です。

ここまで長期に渡って大量に吸っていると、これはもう一種の真面目な「病気」として対処しなければ恐らく辞められないだろう、と思いました。そう、もう完全な「病人」ですね。病人ですから当然ガチな治療が必要になります。最近はいろんな禁煙補助関連グッズもありますが、何しろガチな病気ですから、「薬っぽいもの」では役に立ちません。必要なのはモノホンのヤクであり、治療です。ヤク売って下さい(なんか違いますね)。

しばしば酔っ払いが「俺は酔ってないよ!」と居酒屋で激高するシーンを見かけますが、あれと同じです。自覚症状が無いモノほど端から見ていてこっけいなものはありません。「自分は病んでいる!」「私は病気だ!」「私はタイヘンなヘンタイだ!」私はそう心の中で大きく叫びました(最後は違いますね。多分)。もしかしてその行為自体がメンタルも病んでいることを示唆しているのかも知れませんが、ここでは本論ではないので割愛します。それはまた別の機会に語らせてください(語るのね)。

 

例えて言うのなら、ゾウは例えアリを倒すときでも全力で立ち向かっていくと言います。私の強固な意志を持ってすれば、タバコごときあっという間にやめられますが(さっきと話が微妙に違いますが細かい事は気にしないで下さい)念のため、近所の内科、つまり禁煙外来に行く事にしました。そう、あくまで念のためです。まずたばこをやめたい方は、「自分は中毒症の病気である」という強い自覚を持ちましょう。それくらいの覚悟が無いと、やめることはできません。

 

<チャンピックスとの出会い>
それで、さて病院をどうしよう、と思っていると、ちょうど親しい友人が禁煙外来に行って、チャンピックスを服用してタバコを辞めたという話を聞きました。なので、そのままマネしました。最初からチャンピックスありきで、処方してくれる近所の内科医に行きました。一応ネットで検索してから病院にいったのですが、普通の町医者であれば、どこでもほとんど扱っているようです。

 

 

チャンピックスは禁煙成功率がかなり高いお薬と言われていますが、厳密なデータはなかなか見当たりません。この辺に少しだけ書かれていますが、最初の三ヶ月は5割とも7割近い人が成功すると言われています。しかし、体感的には通院している間はそりゃそうだよね、という気がします。他方、通院終了後の1、2年のレンジで見ると30%を切っているようです。つまり、実はチャンピックスは「魔法の禁煙薬」という訳でも無く、意外と思ったほど禁煙成功率が高くはないんだな、というのが正直な印象でした。

つまり、薬は100%の禁煙を保証するものではなく、むしろ成功率は基本的には低い、と思った方が無難です。

 

チャンピックスは治療というか通院期間は12週間、つまり三ヶ月間が基本セットでこの間に診察を5回ほど受ける事になります。私は四回で辞めましたが問題ありませんでした。

<禁煙もホームページ活用も戦略が結果を左右する>
そして結果的に私はタバコを辞めることが出来たワケですが、これにはこの治療期間中のちょっとした、誰にでも出来る簡単なコツがありした。それさえ踏まえれば、禁煙成功率は劇的に高まります。私はたばこをやめるに当たって、人間の心理から考察したある戦略を練り、そしてその通り実行する事で禁煙を実現する事が出来ました。その詳しいコツはすいません、今日これからECサイトのコンサルティングで出張なので、明日戻ってからまたお話したいと思います。ご期待下さい。

禁煙の成功にも戦略が必要なように、Web戦略、ホームページで結果を出すにも戦略が大変重要です。ECサイトの売上を増やしたい、ホームページのリニューアルをご検討の方はこちらからお問い合わせ下さい

その2に続く。

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おにぎり屋とテレビ局に見る経営者が現場に介入すべき時

弊社の様な個人事務所に毛が生えたような小さな規模の組織は、一人一人がカバーする範囲が広範囲に渡ります。要は何でも屋で回さないとなりません。他方、ある程度規模が大きい企業になると、ほとんどの場合はきっちりした、ある意味タコツボの分業体制が取られています。どうして双方そういうスタイルになるかというと、どちらもそうしないと組織として回らないからです。いわば好き嫌いではなく、また意思の問題でもなく、規模が方法論を規定するワケですね。

今のGoogleのCEOはインド人で、最近海外のIT業界の大手はインド人の経営者が増えていると言われてます。これは本人の能力は勿論そうですが、インド社会の成り立ちとも密接な関係があるのではないかという指摘があります。インドではカースト制で、身分と職業がきっちり細分化されていますので、分業的なマネジメントには元々慣れている、親和性が高いのではないかという見立てですね。なるほど確かにうなずけるお話です。

当然中小零細極小ごま粒顕微鏡サイズの見本のような弊社の場合、社長である私が暑い日にはアイスを買い、近くに新しいショコラティエが出来たと言えば買ってきて社員のご機嫌を取りつつ「ところでこれなんだけどさ」と横刺さりのタスクをこなしてもらい、営業もやりつつディレクションもコンサルもしながら、という千手観音状態で、日々現場に介入しまくり、というより24時間現場で寝泊まり炊事家事掃除洗濯おしめ交換しつつたまに思い出したように月末に経営の仕事をするというような状態で子育て主婦と良い勝負です。日本がカースト制だったなら実は中小の社長というのはなかなかの下位層なのかも知れません。そしてほとんどの大なり小なり程度の差こそあれ、零細中小企業の経営者というのはそういう状態ではないでしょうか(違います?)。

 

しかし、大企業は当然違います。同じ事を大企業でやれば、それこそ組織は大混乱でしょう。普段隔離された役員室、社長室におり、たまに現場に顔を出せば「おい、なんだ?どうした?」「うざいよね。何しに来たの?」といぶかしがられます。特にプロパーではなく落下傘でのよそ者社長の場合ほどこれが顕著ですので現場にはそもそも近づけませんし、近づきません。

 

なので企業が現状を変えないとならない、このままだと大変な事になるぞ、という時、中小企業がいざとなれば経営者の独断と偏見、決断力でカジを一気に切り替えることが出来るのに対して、大企業の場合は幾重にも重なる官僚機構であり、階層構造かつタコツボ的であるが故に方向転換にも偉い時間がかかります。それはある意味構造的な宿命でもあります。その代わり動き出した時の馬力が桁違いなワケです。

 

勿論中には例外もあり、このように巨像を踊らせてしまうおじさんもいらっしゃるワケですが、この方の場合は極めてまれなケースなのかも知れません。


この本の著者であるルイス・ガースナーは元マッキンゼーの経営コンサルタントでした。当時落ち目も良いところだったIBMに乗り込み、ハードウエアの会社からソフトウエア、サービスの会社として立ち直らせ、劇的に業績を回復させた事で知られています。この本はIBMのCEOを退任後書かれたものです(今IBMは別な種類の問題にまた直面していますが、それは本論からはずれるのでまた別の機会に)。

 

この本の中で、ルイス・ガースナーは「初めて経営会議に出たとき、私だけが青のシャツで、他の全員が白いシャツだった。翌月の経営会議に出たとき、私だけが白いシャツで他の役員が全員青いシャツで驚いた」という話が出てきます。思わず笑ってしまうお話ですが、大きい会社になれば、上がるほど得るものよりも失うモノの方が増えてきますので、おのずと安全運転指向になってしまうのはやむを得ない事なのかもしれません。それが結果的に企業の活力を弱め、、凋落への道へ至る事になってしまいます。この「成功の復讐」、宿命にあがなえる大企業だけが、大企業として存在を許され続けるわけです。


 

そして数日前、フジテレビ再建を託された亀山社長が6月で退任するというニュースが流れてきました。4年間の在任期間中、多くの機構改革を行いましたが、残念ながら結果を出す事が出来ませんでした。

 

 

ところでこの亀山社長退任のニュースの中で、一つおや、と思う記事がありました。それがこれです。

 

 

要約すると「制作現場で名プロデューザーとして数々のヒット番組を飛ばしてきた経緯もありますので、制作現場に余計な介入したりしませんでしたか?」という記者のつっこみに対して「そんな事するはずがないでしょ、私は経営者ですよ」というやりとりなわけです。

 

しかし、他方こんな記事もありました。

 

 

ところが、口を出した結果が、もし本当にこれだったとしたならあまりにも皮肉です。

 

  • 週刊文春 5月4・11日号[雑誌] Kindle版
    倉本氏は寂しそうだった。好発進の昼ドラマ「やすらぎの郷」の企画は当初、テレビ朝日ではなくフジテレビに持ち込んだが、一週間もせずにけんもほろろに断ってきたという。テレビドラマはなぜつまらなくなったのか。その明確な答えが倉本氏の言葉の中にあった
    《実は、最初にこの企画を持って行ったのはフジテレビなんです。でも一発で蹴られました。一週間もかからず、『ダメです』とだけ返答が来ました。あまり検討しなかったのでしょうね。それで、テレ朝に持っていったら早河さん(洋・会長兼CEO)は一発で受けてくれた。大したものですよ》(「週刊文春」2017年5月4日・11日合併号より)


「フジが断った」というこの記事を読んで、実は私は当初フジの一体誰が断ったのかな、と思っていました。ただ、テレビ朝日に対しては倉本さんが早川CEOに直接持ち込んだ事を考えると、恐らくフジでも相当上層部なのだろうとは思っていましたが、こちらの記事になんと亀山社長御本人が断ったと書かれています。

 

  • フジテレビ亀山社長をクビにした「倉本聰」呪怨のひと言 (SmartFLASH) - Yahoo!ニュース
     複数のフジテレビ関係者は、「倉本氏は亀山千広社長(60)に直接企画を持ち込んだ」と話す。

    「倉本氏といえば『北の国から』などでかつてフジとは蜜月だった。亀山社長は、1980年の入社以来、ドラマのプロデュースで名を挙げた。いわゆる『月9』の生みの親で、社長に上りつめたドラマ畑の人。逃した魚は大きく、面目は丸つぶれだ」(ドラマ関係者)

 

経営者が現場に口を出す、というのはいろんな意味でのリスクや負担が伴います。過去の実績が今通用するとは限りません。しかし、現場に任せておくことが短期的に見て常に正しい、という事もありません。現場に任せても変わらないとき、それを変える事が出来るのは経営者だけなのです。結果が出てない現場に丸投げし続けるのは、むしろ経営者としては失格と言えるでしょう。例え現場がいやがっても、「介入」しなくてはならない時というのが必ずあります。

経営者の現場介入、という件で、ローソンで社長を務めた新浪さんのエピソードを思いだしました。三菱商事がローソンを買収し、当時まだ43歳で新浪さんがローソンの社長として送り込まれます。 

一見すると華やかなお話ですが、当人の立場からするとえらい大変な事態です。まず元々商社マンですから、基本的に「よそ者」であり、コンビニのオペレーションを熟知している訳ではありません。そして来られる側から見ると、言葉は古いですが「進駐軍」です。当時凋落著しいローソン社内の活気は下がっており、お手並み拝見という日和見の人も多かったでしょう。こういう時ほど社内の政治性も無視出来ない、やっかいな問題となります。

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そこで新浪さんは考えます。これは何か一発見せてポジションを作れるかどうかが今後の指導力を左右するぞ、と。そこでいろいろ考えた結果、目を付けたのが高価格帯のおにぎりだったワケです。

 

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これまでの売価は忘れて米、具材、全てにおいて徹底的に品質こだわった良いおにぎりをつくれ!と社内で「おにぎりプロジェクト」を立ち上げます。多くの社員は「社長、本気ですか!?そんな価格帯のおにぎりが売れるはずがありませんよ」とか「これだからコンビニシロウトの社長は困るんだよな」という声が渦巻いたそうです。

 

しかし、結果は皆さんご存じの通りです。結果的にマネされる事しかなかったセブンも珍しくマネをすることとなり、今やコンビニの高価格帯おにぎりは完全に定番商品で、無いのが不思議なくらいです。

 

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このトップダウンで実現した「業界の非常識」によって「よそ者」だった新浪社長は結果を出し、社内のグリップを一気に高める事に成功、今日への業績回復へとつながっていくわけです。勿論これはもし失敗していたら一気に求心力がダウンしていたわけで、のるかそるかの、極めてリスキーなかけでもありました。ただ、恐らく新浪社長が現場に介入せず、そのまま任し続けていたなら、このような「業界の非常識」なおにぎりは、決して生まれてこなかったでしょう。

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そしてもし報道の通りだとするなら、亀山社長は現場を熟知したプロパーでありながら現場介入で結果を出す事が出来ず、求心力を落としてしまい退任となり、、現場を知らないノンプロパーの新浪元社長はおにぎりという一点突破で成功を収め、社内を掌握してその後の業績回復につなげたことになります。新浪社長はその後サントリーホールディングスのCEOとして「栄転」していく事になります。


 

経営者は結果が全て、ではなく、常に今出している結果が全て、です。一瞬一瞬、今を問われます。本当にシビアですよね。私達の仕事はWeb制作を通じて、顧客のビジネスに成果を届ける、その支援をする事です。ホームページ制作、Webシステム開発をする事自体はその手段に過ぎません。

私達の様な小さな会社は社長が役員会で退任を迫られることはほとんどありません。その代わり結果が出なければ、顧客に見放され、会社自体が市場から退出させられるだけです。

結果の問われる、大変シビアな仕事ですが、またやりがいのあるお仕事でもあると思っています。Web制作を通じたビジネス御相談はこちらまでお気軽にお寄せ下さい。

 

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出張先で自然に癒やされる



今日はWebコンサルティング、そしてECのコンサルティングの打ち合わせで富良野に出張でした。



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しかし、こういう景色を見ると、なかなか癒やされますね。

実は私は自然の中にいてもそれほど癒やされるタイプではありません。

なぜなら元々アウトドア派なので、小さい頃から良く自然に親しんでいたからなのですが、よく考えると最近はしみじみ癒やされる事が増えてきたように思います。

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ここ数年、よく考えると、あまり自然に親しむ機会も減ってきているからかも知れないな、と、癒やされている自分に気付きながら、そんな事を考える機会が少し増えてきました。


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と、そんな事を考えつつ打ち合わせに向かいました。

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国道沿いですが、クマ出ます。


打ち合わせでは販促カレンダーのお話などを中心に、今後の方向性についてすりあわせました。有意義な打ち合わせになりました。売上が上がらない、とお悩みの方はこちらからお気軽に御相談ください。


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Web業界とアート業界の共通項-値段が安いのは言い訳に使えるか?

すっかり書きそびれてしまいましたが、昨年読んだ本の中でマイトップ3に入るのがこの本です。

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最近すっかり有名になりました、デビット・アトキンソンさんの著書です。アトキンソンさんはこの書籍の中で、痛々しいくらい御自身が「よそ者、イギリス人である私が言うのも何ですが」という控えめな前置きをしながらも、手厳しくかつ正確に問題点の指摘や改善策を述べています。もしかすると同じ島国の国民として、しばしば見られる排他的な国民感情を理解した上での事なのかも知れません。それにしても、言葉の端々からこの国への愛情、熱意がにじみ出てくるのを感じます。ありがたい事だなと思います。

 

この本は本当に素晴らしい事がいくつも書かれているのですが、その中でも個人的に特に驚いた点がいくつかあります。

 

その一つが、京都等のお寺や美術館の「拝観料」や「入場料」がそもそも安すぎる、という指摘です。

 

このアトキンソンさんの意見には正直かなりびっくりしてしまいました。なぜなら私とは全く真逆の考えで、私は例えば京都のお寺の拝観料は単に入場して見せているだけで、何のコストもかけてないのになぜ徴収するのかと常々思っていたからです。しかし、それと同時に、一見すると真逆に見えるこの違いは、通底するものは全く同じなんだという事を知りました。

 

アトキンソンさんはこの本の中で、日本と世界の美術館、寺院などの有名観光スポットの入場料を調べています。すると、海外では平均で1,891円なのに対して、日本では593円。圧倒的な価格差です。ピサの斜塔の入場料は約2,400円。ルーブル美術館は約1,600円、イギリスのウインザー城は約3,500円で、そもそも海外では千円以下で入れるところはほとんどありません。

 

他方日本では高野山が最高で二千円ですが、これは極めて例外的で、伊勢神宮が300円に三十三間堂でも600円に金閣寺が400円。ほとんどがこの価格帯になっており、500円前後で団子状態になっています。

 

私は寺院や美術館を回るのは結構好きな方ですが、特段のサービスを受けている感覚は無く、単に見せてやっている、という印象しか受けません。なので、そもそも拝観料を取ること事態に違和感があり、むしろ500円も取るのはどうなのか、観光客が沢山来る地域ほど単にボウズ丸儲け(ボウズの方いらっしゃったら大変申し訳ありません。悪意はないのでお許しを・・)なのでは?と実は思っていまいた。

 

ところがアトキンソンさんの主張は真逆で、「日本の文化財は補助金頼みだが、予算は全く足りていない。なので本来はもっと自分で稼がなければならないが、それははしたないと考え、むしろ貰うべきお金を貰っていない。貰わない事で、本来行うべき努力をしなくてもよい免罪符にしているのではないか」いう問題提起をしています。

 

「・・・批判を覚悟してこの問題をシニカルに分析すると、入場料をあげたくないと強弁するのは、利用者の事を考えてではなく、今の価格設定がサービスをしなくてもよい最低ラインだからではないか、と思います。それ以上高くして、たとえば600円を1,500円にあげてしまうと、余計な仕事が増えてしまいます。「入場料を上げるな」というのは、「余計な仕事をしたくない」という言葉の言い換えではないかと、真剣に考えています」 国宝消滅 第五章 文化財の入場料は高いか安いか より引用

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この主張は実に腹にストンと落ちました。

 

確かに、お金を貰わないことで、本来やるべき事をやらない免罪符にする、出来る、というのは、どの業界でも十分あり得る事です。

 

例えば私のいる(事になっています)「ホームページ制作業界」は、チャン・キム博士も真っ青になるくらいのレッドオーシャンで、ダンピングは日常茶飯事です。動機こそ芸術や観光の業界とは違い、もっと予算を取りたいが取れないので値下げする、という形ではありますが、それが結果的に顧客にとってやるべき事をやれなくなるという点では一緒です。そしてそれが言い訳にも使えます。ただしそれで顧客が納得出来るかどうかは別問題です。

これ以上予算を削ると、あるいはその予算では、そもそもやれる事が限定過ぎて、やる事自体に意味が無いのでは?という事態が場合によっては起こります。参拝料もあまりに安すぎれば、単に通路を歩かせているだけですから(実際そういう所少なくないですよね)、それって貰う(徴収する)意味があるの?という事になります。

こう考えると、貰うべき予算、売上というは、本質的には二つの側面があり、単に引き受け手の都合、売上、という事ではなく、顧客にとって必要な、やるべき事をやるための手当でもあるという事がわかります。

つまり適正な価格に見直す、値上げをする、というのは、そもそも顧客の利益を守る上でも大事な事なのです。勿論顧客から見れば、安ければ安いに越したことは有りません。ですが、そのためにサービスが成り立たなくなってしまうような事があればそれは本末転倒ですし、それは結局顧客の利益を損ねてしまう事に繋がります。


文化財や寺院などの入場料も同様に、もっと高くて良く、利益をしっかり取って欲しい。そしてその分、見学する我々にもそれに見合ったサーブをし、保護修繕にしっかり使って欲しい。それこそがこの国の文化財をまもり育み、更なる世界への魅力発信にもつながって行くのだと思います。

ということで私は長年入会しておりました「寺院の見学料500円は高すぎるからもっと下げろ派」を本日(正確には昨年この本を読んだ時から)をもって卒業し、「安すぎるからもっとあげてサービスを向上して欲しい派」に転向いたします。

皆様の派閥入会をお待ちしております。そしてこの素晴らしい本を是非チェックしてみてください。損はしません。私が保証します(何のたしにもなりませんが・・)・。


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イヌネコが握るアベノミクスと民進党、そして我々の未来とは

ややエキセントリックな気配の漂う、しかしあれはあれである意味お似合いかも知れない籠池学長と奥さんのいらっしゃる森友学園の問題が何となく一段落しつつある?中で、安倍総理に絡んでまた新しい問題が吹き出してきました。

しかし、私がこのニュースで一番驚いたのは、上記の記事にあるとおり「獣医師の数が増えすぎる懸念などを背景に、過去50年以上認められてこなかった」(日経新聞)、という事実です。どこのメディアもこの点については触れられていません。

半世紀の長きにも渡って獣医学部の増設が一切認められないというのはいくら何でもちょっとおかしい気がするのは私だけでしょうか。ペット市場を見ると、この50年猛烈に増えているはずですし、体感的には獣医師はむしろ足りない気がします。

そこで、この50年どの程度ペットが増えたのか調べようと思ったのですが、残念ながらそんな古くからのデータは見当たりませんでした。そこで間接的ですが、犬だけですが、昭和35年からの登録数の統計で見てみました。犬は飼うときに市町村への登録が義務づけられています。

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5年ごとにグラフにしてみました。これを見ると、過去55年間で3.4倍に増えていることがわかります。ちなみに2010年は東北の一部の地域のデータが欠損しているので、実際はもっと多くの登録頭数がいると思われます。

これはあくまで犬だけであり、かつ自治体にちゃんと登録した犬だけです。ペットショップで犬を飼っても、ペットショップは何らフォローも注意喚起もしません。狂犬病予防法で自治体への登録を怠ると「二十万円以下の罰金」(第二十七条 )と規定されていますが、事実上のザル法です。登録には3千円程度の費用がかかりますので、飼っているが登録していない犬は実は相当な数いると思われます。ちなみにネコには登録義務がありません。イヌネコ同じくらい飼われていることを事を考えると、いくら一次産業が衰退し、獣医師が一番重宝されるであろうウマウシブタトリが減ったとしても、獣医師がカバーする範囲-市場と言っても差し支えばいでしょう-はこの50年相当増えているはずです。

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そしてよく見ると、この狂犬病予防法というのも法律の専門家でなくても賞味期限が切れていることが良くわかります。制定されたのは昭和25年(1950年)です。この頃はまだ国内でも狂犬病が発生していた時代ですので、犬を登録して年に一回狂犬病のワクチンを摂取する義務を定めたのは分かります。しかし、時代は変わりました。「1956年以降、人の狂犬病発症がなく、動物では1957年の猫が最後」(狂犬病の予防接種は必要? 日本で発生する危険性は..HuffPost .)です。

つまり、もう60年以上国内では一切発生しておらず、ごくわずかの例外として、海外で噛まれて国内で発症した例があるだけなのです。限りなく0%に近いと言えるでしょう。

こう考えると、基本的な考え方として、

「島国でもいつ外来から狂犬病が発生するかわからないから、予防接種は義務のままちゃんと守ろうね」

ではなく

「基本的にかかる可能性は限りなく0%なので、心配な人は予防接種をして下さい」

が正しい考え方なのではないでしょうか?罹患率が限りなく0に近いにもかかわらず、どうして60年前に作られた法律を後生大事に守り、毎年3,500円前後のお金を払って予防接種をしなければならないのか。こうなると別の力学で動いていると考えるのが普通でしょう。

なので、フォーカスすべきなのはそもそもなぜ獣医学部が50年間新設されていなかったのか、ということであり、「過去50年以上認められていなかった獣医学部の新設が、官邸主導で進められた経緯も問題視」(加計学園問題まとめ 「要注意発言」で振り返る | 文春オンライン)という論点は、そこにしかフォーカスが当たらないのは明らかに不自然です。

本来であれば、アベノミクスで実現する「規制緩和でビジネスを自由に。富の拡大」(官邸)というのは、こういう痛みの伴う構造改革と表裏一体のはずです。しかし実際は痛みの伴う話しは回避し、女性の活用といった誰も文句を言わない、無難なものに終始してしまってます。これでは経済の活性化は難しいです。

このような改革が結局今恩恵を被っている業界、勢力にとっても、ロングレンジで見れば更なる富の拡大再生産につながると私は信じています。穴蔵に籠もって守るだけでは人口が減る以上じり貧になり、みんなやがて沈没してしまうのは明かですワン。

そしてこういう賞味期限切れの、制度疲労したところを野党である民進党がどんどん国民ファーストでつっこむべきところなのですが、民進党もまた既存のしがらみに絡め取られており、今ひとつ腰が定まりません。

野党に転落後、何年にも渡って一向に支持率が上向かないということは、もはや根本的にスタンスを変えない限り永遠に冷や飯食いで浮上の目はない、このままだとひたすら自民党をアシストするだけの政党として、やがて空中分解するのはあきらかです。野党としてももっと大きな視点で問題点の本質をついた政策を提示してくれないと、我々国民が一番困ります。というか既に結構困ってます。頑張って欲しいですワン。


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100円玉の重みが語る借り物ではない言葉のチカラとは

しばしば本を読んでいると、印象に残るフレーズというのが出てきます。

 

私の場合、その中の一冊が、もう十数年以上前に書かれた、グッドウイルグループの折口会長の書いた本「プロ経営者の条件」です。

ゼロから立ち上げ、人材派遣業をコアに介護サービスなど、創業から10年で東証一部上場、グループ総売上1,400億円まで育てた、まさに名経営者と言って良いでしょう。この本は10万部を超えるベストセラーになりました。

部屋の書棚を探したのですが、どうしても見当たらなかったので、とりあえずこちらを。

1円ってすごいですね。でも1円以上、送料以上の価値はあると思います。


ただし、ご存じの方もいると思いますが、グッドウイルグループは今はありません。厚労省からの介護報酬不正受給や、違法派遣問題が次々に明るみに出て、折口氏自身も芸能人や怪しげなつきあいを週刊誌で叩かれます。結局会社は事業を他社に買収される形となり、事実上グループは解体され、本人は破産した・・・ことになっていますが、資産の一部を親族に移す形で保全したとされており、今は永住権のある米国で暮らしてます。以降、表舞台には全く出てきません。そして恐らくこれからも出てくることはないのでしょう。

結果的にかなり寂しい晩年になってしまったワケですが、この本は折口氏自らが幼少期から挫折を繰り返しながら這い上がり、成り上がったところまでが書かれています。この本を出版した時は御本人の人生最大の絶頂期でした。

この本には、読むとまさに波瀾万丈の人生を、自分の才覚で乗り切ってきた事が書かれており、一度読み出すとあっという間に引き込まれてしまい、一気通読を止めることが出来ません。

小さい頃、父親の会社が倒産し、生活保護を受けながら自衛隊関連の高校に入る事(高卒資格が貰える上に給料が出るのでカネがかからずしかも家に仕送りも送れるため)。自衛隊入隊後、夜の消灯時間、こっそりと布団の中で電気を付けて受験勉強をし、なんと防衛大学に入学出来た事。5分後にグラウンドに出てぐちゃぐちゃの雨の中を走り回るにもかかわらず、クツをすり減るまでぴかぴかに磨かされ、少しでも汚れていると猛烈なペナルティを受ける矛盾を通じて世の中の不条理さを学んだ事。卒業時任官拒否し、民間に就職し、ベルファーレやジュリアナの立ち上げで大成功するがパートナーに裏切られて会社をクビになった事。その後人材派遣会社を立ち上げ、大成功する事・・・。

何しろ書いているのが御本人なので、勿論多少のお化粧、ショーアップはしていると思います。しかし、それにしてもなかなか希有なキャリア、人生の軌跡なのは間違いありません。

この著作の中で、私がすごい印象に残っている記述が2点あります。

一つは「経営は下りのエスカレーターを登るようなものだ。ちょっとでも休むと瞬く間に下がってゼロに戻ってしまう。一瞬たりとも経営は気が抜けないものだ」という記述です。

これは私もしがない小さな会社の経営者として非常に「実感として」共感出来る表現です。どんな経営でも、あるいは事業部でも、個人の成長でも、この程度でいいな、と思ったら、間違い無くそれ以下しか達成できません。もっと大きくするぞ、と思って頑張っても、せいぜい現状維持なのです。だとすれば現状維持でいいか、と思った瞬間どうなるかは言うまでもありません。

実はサイバーエージェントの藤田社長がこの本が出た当時、「事業を成功に導くためには、ボウリングと同じで、センターピンがどこか正確に見抜き、そこをピンポイントで倒すことが事業としては重要だという内容に感銘を受けて、社内でも新規事業の審査でそのような話をしている」というような事を書いていました。

で、ぐぐると、あ、ありました、この記事です。2005年に書いてますね。

この「センターピン」という概念は確かに素晴らしい考え方だなと私も思ったのですが、私が感銘を受けたもう一つの点は残念ながらそこではありません。むしろ経営の方法論とはまるで無関係の記述でした。

折口氏がディスコ事業で成功した後裏切られ、会社をクビになった頃のお話です。

当時既に妻子が居た折口氏は路頭に迷いかけていたわけですが、ある日卓上占いおみくじ機を数十台仕入れて、、喫茶店に置かせて貰う事を思いつきます。今はほとんど見かけなくなりましたが、今で言うガチャガチャです。こんな感じのやつですね。 昔はスマホもないですから、こういう小銭でも暇つぶしは割と人気があったのです。

そして毎月末になると、集金のためにあちこちの喫茶店を車で回ります。売上は設置させてくれた喫茶店との折半です。機械から100円玉を引き出して袋に入れる。その出てくる100円玉のずしっとした重みが、これでまた少し食いつなぐことが出来る、そう思うとこんなにもありがたく、また今の境遇を思い、こみ上げてくるものを感じながら集金していた、というくだりが出てきます。

私はこの部分を読んで、猛烈に引き込まれてしました。ものすごいリアルで、すごい心象描画だなと思いました。どうして未だにこんなに記憶に残っているのだろう、と未だにふと思う事があるのですが、単にドラマティックだという事ではなく-実際、単にドラマティックな話であれば世の中には沢山あります-恐らくそれはどこからか借りてきた言葉ではないからかも知れません。

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彼の人生の晩年は、残念ながらあまり褒められたものでは無いのかも知れません。勿論個人的な面識もないので、本当はどんな人物かも存じ上げていません。また実際どっちでもどんな人でもいいのです。

ただ誇りを失い、おちぶれ、追い詰められて、占い自販機からじゃらじゃらと出てくる100円玉の重さに、ありがたさと自らの境遇を思うとき、視界かかすむような気持ちになるというのは、借り物ではない言葉のチカラがあり、掛け値無しに嘘偽りはないのだろうと思いました。それは彼にとって間違いの無い「真実の瞬間」であり、かつ多くの人と共有可能という、極めて希有なものだったように思います。

借り物ではない、自分自身の言葉のチカラは、強く心に届くものなのかも知れませんね。


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優秀なWeb制作会社ほど自社サイトが不養生な件

クライアントのWebサイトに忙しく、自社サイトのメンテナンスがろくに出来ていない。こういう同業他社さんは多いのではないでしょうか。医者の不養生みたいなものですね。先日同業のWeb制作会社をやっている友人と話をしたのですが「いやホントまずいんですよねぇ。でも本当に手が回らなくて」と言いながら、4月1日に「自社サイトリニューアルしました!」とFacebookでやっていました。勿論ただの自虐ネタなのは言うまでもありません。

こういう悩みを抱えているWeb制作会社は少なくないように思います。へたすると自社のサイトが全く無いWeb制作会社もあったりします(汗)。そして意外な事に、自社サイトを持っていないWeb制作会社というのは結構腕の良いところだったります。先にご紹介した友人も札幌のWeb制作業界ではなかなかの良い腕前です。

どうしてそうなのかと理由を考察すると、

(1)個人に近い規模でやっているので忙しくて手を掛けられない。

(2)手を掛けなくてもツテコネでコンスタントに仕事が来るのでそもそも自社サイトの必要が無い。

(3)自社サイトだと思い入れが強すぎて何をどうしていいのかよく分からない(灯台もと暗し)

ということのように思います。昔ですと、自社サイトのないホームページ制作会社、というのは引く前から分かっているハズレくじで地雷判定には重宝しました。ですが、私が最近見聞きしている例は非常に優秀な会社が多く、今はむしろ腕の良い証拠とすら言えるかも知れません。


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かく言う弊社ですが、さすがに一人二人でやっているわけではありませんので、きちんと継続的に新規の顧客を開拓しないとなりませんから、自社サイトは当然重要な営業ツールです。の割にはご多分に漏れず、かなり放置が進んでおりまして、あまり(?)よろしくありません。

自社サイトというのは、弊社の場合、単なる顧客開拓ツールという位置づけだけではなく、そこで得られた知見を、クライアントへのコンサルティングとしても提供しています。

例えばバナーのちょっとした位置でクリックレートが変わるとか、そういうノウハウというのは、自社サイトの運営や、個人的に遊んでいたブログで生きた知識として積み上げた来たものです。ネットの世界は場数を踏んだモノにだけノウハウがたまります。サイトのPVが例え月間1,000万あったとしても、Googleアドワース広告で月30万円もいかない事もあるというのは教科書の無い業界ではとても重要な知見になるワケです。

 

しかし、さすがにいい加減弊社も自社サイトの放置プレイも限界点に達してきていまして(汗)、現在水面下や一部表でモゴモゴやっております。スタッフブログも地道に事例を掲載し出しています。なかなか載せるのが大変なんですが。

 


牛歩ではありますが、生暖かく見守って頂けますと幸いです。



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10年目にしてブログのタイトル変えました。

どれ、と、調べてみると、なんとこのブログ、2008年2月1日(金)からやってました。

 

金字塔的?第一回の投稿はこれです。なんかしょぼい内容ですね。。

 

  

なんと今年でこのブログは10年目に突入したことになります。記事の総本数は1,800本。約2日に1本書いた計算になります。あれ、そんなに書いてましたっけ?

 

ということで、心機一転、ブログのタイトルをさっくり変えて見ました。ちなみに今までは、

 

主に札幌と東京で働く社長の非公式ブログ

中堅・中小企業向けにマーケティング、営業、採用に特化したWebコンサルティング、Web制作の会社をやっています。Web活用の現場からコラムや喜怒哀楽阿鼻叫喚な出来事をほどほどにお伝えします。

 

でした。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

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IT企業のマタハラとリーガルハイと下着ドロと。

先日、マタハラの体験談のマンガがネットでバズってました。と言っても、マタハラをされた人の話ではなく、した人のお話で、妊娠した先輩に腹を立てるも、いざ自分が同じ立場になって、初めて人の痛みがよく分かったというお話でした。

 

  

マンガを読むと、どうもこのお話はIT会社での出来事のようです。私も業界人の端くれですので、今まで修羅場火事場はそれなりに体験してきています。ので、このマンガを見て、「戦力の逐次投入はベトナム戦争のアメリカと同じで泥沼化するだけでしかもコストが膨らんで終わり」とか「誰か追加で入れないとならないが(と考える事が既に間違いなんですが)誰も空いてないのでこの歳仕方無いネコの手でもいいだろと新入り入れると余計現場の負荷が増えるだけで何の解決にならない」等は実によく分かります。このマンガに出てくる新人が使い物になる人で本当に良かったですね。

 

で、それはさておき、このマンガを見て、私はすかさず「リーガル・ハイ2」の最終回の事を思い出しました。

 

男性を毒殺した容疑をかけられている安藤貴和(小雪)の極刑を回避し、無罪を勝ち取ろうとしている弁護士の古美門研介(堺雅人)と黛(ガッキー)、それに検察側の羽生(岡田将生)との法廷バトルのシーンが出てきます。最終的に古美門は無罪を勝ち取るのですが、その際古美門は羽生にこう語りかけます。一部抜粋すると、

 

羽生「僕のどこが間違ってるんですか!?」

 

古美門「間違っていないと思っているところだよ!君は人間は愚かだと言った。全く同感だぁ。どいつもこいつも愚かで、醜く、卑劣だ・・・わがままで勝手で、ずるくて、汚くて醜い、底辺のゴミクズども、それこそが我々人間だ」

 

羽生「だから、だからそれを導こうと・・」

 

古美門「それが違うんだよ、まずそこから降りろ!自分も底辺の醜いゴミクズの一匹である事を自覚しろ・・・もし君が、皆が幸せになる世界を本当に築きたいと思うのなら、方法は一つだ。醜さを愛せ」


ホント名作のドラマです。。

 

このマンガから得られる最大の教訓は、「マタハラはサイテー野郎のやることだ」とか「マタハラをするのはダメだよね」と言ううわべのお話ではありません。結局人というのはしょうもない奴で、自分もそのしょうも無い奴であり、同じ事をしでかしてしまうかも知れない。だから自分だけは絶対に違う、と思わないという事です。そしてそれこそが本当にそうしない一番の道だという事です。

 

そういう客観的に自分を見つめる事が出来ないと、この人のように滑稽で笑い転げてしまうくらいジコチューになってしまうわけです(まあこれはこれでちょっと釣りっぽいネタですが)。

 

 

世の中には毎日悲しい、腹立たしい、そして残酷な事件が起きており、ニュースで流れてきます。私はそれを見ていて心を痛めますが、それと同時に「もし何かが間違っていたら、私がその事件の被害者というだけではなく、加害者にもなっていたかも知れない」という事を常に意識しています。自分は絶対正しい、間違ってないと思い込むことこそ恐ろしい事はありません。実際には殺人も下着ドロも私はありえませんが(って、今後本当にやってしまったらブログでこんな事書いてたぜこいつとか言ってこの記事テレビで流れるんでしょうね 汗)、そう思うという事は、とても大事なように思います。そしてもし、少しでもそう思えるのなら、罪を犯した人も少しは許してあげられるのかも知れません。


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マルチタスクはWeb業界でも使えるのか-星野リゾートとの違い

星野リゾートの星野社長さんのインタビュー記事が出ていました。

 

星野社長さんは私の大好きな経営者の一人で、良く彼の本を買って読ませて貰っています。

例えばこの本なんかも出版されたのは2013年ですが、全く臭くありません。未だに手にとってたまに読んでいます。

競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略

そういえばここにも星野さんの写真が。

20170505_132317

 

それで、この東洋経済の記事には、いくつもの大事なテーマが書かれていますが、その中に一つに「マルチタスク」があります。星野氏の著作や雑誌の紹介記事にもしばしば「マルチタスク」が取り上げれており、上記の記事には以下の様な記述があります。

-では、どのように世界のホテルと戦うのでしょうか。

 

星野 そういう状況で世界の大都市に進出していくには、自分たちのポジションを明確にしなければなりません。その方法の一つが、マルチタスク(=セクションに分かれず、一人のスタッフがフロント、客室、レストランなど多様な働き方をすること)のサービスチームです。お客様の滞在の流れに沿って、レストランサービスからチェックアウト業務、清掃まで一人のスタッフが担当します。これを世界で採用している運営会社は私たちしかありません。これが世界進出する際の競争力のカギになると考えています。

たとえば、「星のや東京」では84室に対し、120人のスタッフしかいません。外注はゼロです。当然スタッフ数は少なく済むため、生産性も上がります。それがオーナーに対し、私たちが高いリターンを提供できる根拠となっており、ほかのライバル企業との差別化を可能にしています。

弊社でも実はこのマルチタスクは良く行っています。といっても、我々のWeb業界は技術職がメインのため、WebデザインやりながらWebプログラムをやりながら営業も出来る、という人材は存在していません。理論上はあり得るのかも知れませんが、イエティ並にマボロシの人材です。

 

しかし、一部の業務についてはフロント業務と兼任してもらっています。具体的に言うと、開発規模の大きく無い案件について、という前提ですが、例えばWebデザイナーが顧客とコミュニケーションを取りながらデザインを作る。プログラマーが顧客の要望の詳細をヒアリングし、打ち合わせを踏まえた上でプログラムを開発する、というスタイルです。技術者が顧客とコミュニケーションを直接取りながら進めるスタイルです。

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弊社がこの方法を採用しているのには、単なる生産性という事ではなく、二つの意味があります。一つは業界全体の悩みでもあるのですが、プロジェクトの司令塔であるWebディレクターをなかなか採用出来ないという問題です。そもそもWeb業界自体が出来てからまだ20年くらいしか経っておらず、極めて歴史の浅い業界です。その中でWebディレクターというのは職種的にも認知度が低く、なり手もそう多くありません。それよりはWebプログラマー、Webデザイナーの方が職種としてはまだ分かりやすいわけです。なので、現状プロジェクトによっては、作り手にある程度Webディレクション業務を兼務して貰う、いわばマルチタスクによってカバーをしているわけです。

 

そしてもう一点は作り手の成長を考えてのことです。WebプログラマーやWebデザイナーといった開発者というのは、これも業界も問わずよく見られる傾向だと思うのですが、顧客から遠くなればなるほど作り手の都合を優先する傾向にあります。顧客の顔が見えない、直接顧客と接することのない環境で長いこと開発をしていくと、間違い無く独りよがりの技術者になります。そこで、顧客と打ち合わせをしながら開発をする、という事が、品質は勿論ですが、技術者の成長にとって非常に重要だと考えています。将来的に仕様の設計やコンサルティングといった上流部の仕事、スキルのステップアップもしやすくなります。同じソースコードを書いても、顧客との会話を経ているのといないのとで、実は全く意味が異なると私は思っています。

 

会社全体で見ると、実は開発者というのは、黙って開発だけをさせてる方が効率が良いのは間違いありません。マルチタスクで顧客との打ち合わせに同席させる時間があるくらいなら、その時間でソースコードを書いて貰っている方が売上が上がるからです。

 

実は弊社では以前完全分業制を採用して、そのようにやってみたことがあるのですが、結論から言うとうまく行きませんでした。私も業界歴が長いので、また立場上、それなりにいろんな教訓を得る機会があります。その時は顧客と営業/ディレクター/Webプログラマー・Webデザイナー/担当役員との間で、膨大な伝言ゲームになってしまいました。また、顧客と接する機会が無いため、自分がいかに的外れなのかそうじゃないのか、という評価の軸が技術者達の中で育ちませんでした。更に仕事のやらされてる感もたまります。これでは納品品質は上がりませんし、顧客満足度も上がりません。誰にとっても良くないわけです。

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先日九州のクライアントとの打ち合わせに若手を出しました。人づくりのために、遠方でも客先に出すのは大事な事だと思っています。

技術者にフロント業務を一部担当してもらう事は、単なる生産性の議論ではなく、技術者に誰のために、何のために開発をするのか、という事を強く意識して貰う事が出来、また個々の機能の背景を理解した上で開発を進める事が出来るため、品質を上げる上でも大変有益だと私は考えています。

また、実際の他の製造業でもこういう事例をよく見かけます。ただ、これはWeb業界における私の経験を踏まえた個人的な考えであって、それが絶対に正しいという訳ではありません。また、同じIT業界でも、Webと基幹業務開発系では同じ動物ですがイヌと猫くらい種が違いますので、恐らく考え方も方法論も相当異なると思います。同じWeb業界でも大規模案件になると、プロジェクトマネジメント手法は限りなく業務系システムに近似していきます。

 

要はマルチタスクをさせるべきか否か、というプロジェクトマネジメントの議論は、その方法論自体の「絶対的な価値」を論じても意味が無く、上記のような視点やその会社のおかれているステージによって、最適解が変わるものだと私は思っています。サッカーで言うと、フォーメーションには4-3-3や4-5-1、いろんな型があり、それぞれのメリットデメリットはありますが、結局のところはどう使いこなすかは監督のビジョンの問題です。

 

私は残念な事に監督(経営者)としては未だに勉強不足で未熟の極みですが、星野さん関連の記事で、マルチタスクの記述を見ると、改めて自社の事をいろいろと考える良い機会になっています。

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